2017年度 連続講座 第5回
みんなでつくる自然素材の住まい
開催日時2018年2月18日
場所登呂博物館

浮上する疑問。「家って、いったい何だ?」

今年度ARTORO講座も5回目。いよいよ「家」について考えます。講師は国立民族学博物館学術資源研究開発センターの佐藤浩司准教授。東南アジアの国々を中心に、人々の住居や文化を研究してきた佐藤先生に、これまでの調査から分かったこと、その視点から見た登呂について、写真や映像を交えてお話しいただきました。

本原 令子

登呂の復元住宅に入ったとき、ここで人が暮らしたことを想像してみた。身近にある自然素材を使って、みんなで家を建てたんじゃないだろうか?

「今も、インドネシアの一部には森に木を伐りに行ったりするなどして、村人総出で家造りを手伝う風習が残っている」と佐藤先生。しかし、
「人が住むためのものではない理由もあります」
例えばニアス島では、河原から大勢で巨石を引っ張ってくるけれど、それは家の材料ではなく、手伝った人にふるまいをするため。自分の財産で人に巨石を持ってこさせることで、死後にあがめられ、自身の評価を上げるための「富の蓄積」という意味を持っています。

伊達さん「あんな大きな石をわざわざ持ってきて、何に使うんですか?」

佐藤先生「飾りとして家の前に置いておくだけです」

「みんなで作る」というと美徳のように映るけれど、階級や身分の高さを知らしめるための行為なのだそう。
「他の国にも、屋根が異様に大きな家や舟形の屋根を作るところがあります。人がその空間に住むのではなく、死んだときに盛大な葬式をするためのもの。その盛大さが死後の階級や身分の高さにつながるので、名誉や格式がある家だと思わせるためなんです」

とすると、家=人が住むため、という概念が揺らいできます。

例に挙げたのはスンバ島「マラプの家」です。
屋根の部分が高く飛び出た形が、マラプの家の特徴。この屋根の部分に祖霊「マラプ」を祀ります。家の建て替えは農閑期におこないますが、今家を建てるべきか、柱を立てていいかなどは長老が儀式を行い、供犠したブタによる占いの結果ですべてが進んでいきます。
「建てている間はマラプの依代を他に移し、住む前にマラプを屋根裏に戻す儀式をします。それが終わらないと人は住めません。家は人が住むためのものではなく、マラプの家の下に人間が間借りしているという認識。人々は、祖先になるために生きる、という人生の目的を持っています」
そして、「住まいは人間を創り出す」とも。
「スンバ島の家は、女の領域、男の領域が決まっていて、位置が入れ替わることはありません。出入り口も別。仕切りはないものの、目に見えない間仕切りがあり、どんな立場の人がどこに座るかも決まっている。家は、暗黙の力関係を表す場であり、そこで生活する人や子どもに、ルールを教え込むためのものなんです」

マラプの家の暮らしに欠かせない「儀礼」は今の私たちの家にある「電気のスイッチ」と同じだと佐藤先生は言います。
「私たちの家ではスイッチを入れれば照明がつきます。けれども、どうすれば穀物が採れるか、どうすれば病気が治るか。人はどこから来るのか、死んだらどこへ行くのか。そんなスイッチは私たちの家にはありません。儀礼はそれを知るためのスイッチなのです。だから、家の中に祀るものがないことはありえない」
そして話は、家を持たない暮らしへと移ります。
今もわずかに残る狩猟採集民は、食べ物をもとめて移動しますが、移動の理由はそれだけでなく、争いが起こりそうになれば別れ、人が死んだら置いて逃げます。そこに、これまでの例に見てきた祖先への崇拝や富の象徴のような概念はありません。
「定住することで、そこに人と人とが争わないためのルールが必要になる。人がルールにのっとって暮らすために家を造るというよりは、家に住まうからルールができる。区別や差が生まれる。今、ユビキタスやノマドが話題になっているけれど、もしかしたら現代の日本人は移動民になっているのかもしれない」

私たちは家とは人が住まい、暮らすためのものと考えているけれど、こうした例を見て行くと、それは一つの見方でしかないことに気付きます。

そもそも「家」とは何なんだろう?

佐藤先生は「自然の厳しさから大地の懐に守られるための『穴ぐら』。それが住居の始まり」と説明します。
「本来、人間の住まいの原型は閉じたものだった。外界から身を守るためには、閉じておかなければなりません。日本の家も一見開放的に見えるけれど、大切な種籾を保管したり、寝床として使われた納戸、あるいは、かぐや姫をかくまった塗籠(ぬりごめ)にこそ真髄があり、そこは閉じられた空間でした。しかし、人は窓を作った。外界からの遮断という意味では窓は大きな矛盾ですが、そこから人間としての暮らしが始まったといえます」
シベリアや北米インディアンの家には天窓があり、人の霊魂は死んだら窓から出ていきます。新たな命がやってくるのも窓から。アイヌには「神の窓」がありますが、これも天窓から転じた物です。
「サンタクロースはなぜ煙突から入ってくるのか? 天窓から出入りしていたからではないでしょうか」

それでは、登呂はどうだったのか?

長い間、「天地根元宮造」※とされてきた日本の住居は、登呂遺跡の発掘によって大きく覆りました。私たちの竪穴住居のイメージは、戦後の登呂遺跡の復元がつくりあげたものです。その参考にしたのは家屋文鏡などの発掘資料(古墳時代の)です。
「竪穴住居は日本以外にもありました。ただし、世界中の例をみても土饅頭のような土葺きで、天窓をもつのが本来の姿です。だとすると日本の復元住居だけがおかしなことになる。こうした屋根形は北アジアのものでなく、東南アジアにたくさんあります。もしこうした資料にしたがって復元をするなら、それは高床住居でなければなりません」
単なる庫ではなく、高床式の屋根裏に米を貯蔵し、そのまま下に住んだ可能性も浮かんできました。

※国生み神話に基づいて想定された日本古来の建築様式

振り返り&質疑応答

30代女性「定住したから人間同士の問題を解決しないといけなくなった、ということにハッとした」

20代男性「定住を選んだタイミングは、やはり稲作で田んぼを持ったから?」

佐藤先生 「そう言われることが多いですが、定住と食べ物は直接関係ないかもしれません」

20代学生「現代人が移動民族に変化しつつあるという話が面白い。移動民族の人たちは何を大切にしているんだろう?」

佐藤先生「彼らは、移動する距離や時間を無駄と考えず、景色や移動することそのものを楽しんでいます」

次回は今年度最終回。「修繕しながら暮らす」がテーマです。佐藤先生も今回、東南アジアの家は「補修すること前提で作られている」と話しています。
「柱には価値のある木を伐ってきて使うが、屋根は葺き替え前提で作られるので、チガヤ(ススキ科)などを使う。日本は穂先を上にした茅葺きだが、東南アジアは穂先が下。その方が軽く、耐久性は低いが特殊な形状にも加工しやすいから。定期的に屋根を補修するので、継続して特定の材料がたくさんあるものでないと維持できません。だから登呂も、身近にあるものを使って家を造ったのでは」

次回講師はかやぶき職人の相良育弥さん。この話からどう広がるのか、楽しみにしてください。