台付き甕型式土器をモバイルにもつ。
木佐貫 義人

土器でリゾット作りながら、その炎で粘土のビーズもついでに焼いたよ。

ちょっと、近頃探し物があって山へ入っていた。
ぼくは鉄砲を持っていないので、山は怖い。熊も猪も怖い。
その、おっかなびっくりの姿勢で歩をすすめていく姿はウチの猫に似ている気がして笑う。
笑いつつ、大声で喋る。落語みたいにひとり三役くらい声音を変えて、手を叩きながらまるで狂っているのだけれど今のところこれが獣に会わない秘策だ。
それでいて、険しいところを行くときは、何もかも捨てる覚悟で全身を使う。その動き方はダンサーの友人と何度か働いたり遊んだりして学んだ。
実際目の当たりにした熊の動きは、ぼくよりもダンサーよりもしなやかで強く、そうして臆病だった。
知らない者同士、野良の掟なんだろうか。

山へ入る前、飯を食おうと焚き火をした。
ちょっと実験も兼ねて。自分の焚き火台はとても小さくてカワイイので、そこにアートロで作った煮炊き用の土器を乗せて火を起こして米を食べられるか?
同時に、ビー玉ほどの土器というか、土を焼けるかどうか。
全ては順調だった。
唐辛子と、それから土器というか焼いた土も、よろず九十九屋で売ろうかと思った。
萬九十九屋。まんきゅーじゅーきゅーではない。
アートロで学んで作った土器。
アートロで学んで去年から始めた稲作。
稲作も単一種ではない、様々の品種を同じ圃場で列に分けて。

ボコボコになった刃物の研ぎで平面を出す時も同じなんだけれど、最後の最後、穀物は脱穀がエライ。大変だ。
電気や機械を使ってやればいちどきに沢山きちんとできるのだけれどそれは自分の性分に合わない。
人力と、身の回りにあるもので考える。
大きなすり鉢、イチョウの木の切れ端。これが柔らかくて良かった。
穂のままの稲籾を一握の米にするのに40分。細かい作業を別にしてしまえばもう少し短縮できるだろう。
それを竹筒に入れて、上足洗の水につけて。運ぶにも便利。
椎茸とか菜の花のリゾットにして。
リゾットって語源なんだろうなぁと気になって調べたら、イタリア語で米と最高をもじった造語だと知った。
一握りの米がちょうど一人分らしい。
どうにも、理想は理に叶う。
ぼくのはアートロ弥生式の葉脈底の土器なんだけれど、それに炎がまといついていく姿を眺めると縄文式に見えてくるから不思議だ。
人は思いのままあの縄文の土器を作って、炎をよりよく眺めたくてあっさりした弥生式に変えていったのかという新しい疑問が湧いた。
または、その逆ならば、もっと簡素なものが縄文以前にあったのか。

命からがら登った先にも欲するものはなかったけれど、別の素晴らしきものに出逢った。
帰宅して調べる。
アオカケスなんて日本にいないけど、逃げてそこに住んで、何者かに食われたんだろう。
(木佐貫義人)